[アイコニックピースの肖像 34] ヴァシュロン・コンスタンタン オーヴァーシーズ

1974年をピークとして、スイス製時計の売り上げは急減した。これに対して各社は、SS製のスポーツウォッチで、新市場の開拓を狙った。代表作はパテック フィリップの「ノーチラス」(76年)、オーデマ ピゲの「ロイヤル オーク」(72年)、そしてヴァシュロン・コンスタンタンの「222」(77年)である。

222の意匠を手がけたのは〝マーヴェリック〟こと、鬼才ヨルグ・イゼック。彼はかつて、本誌の取材にこうコメントしている。「デザインはヴァシュロン・コンスタンタンのアンドレ・ゴアから発注された。そして同社に〝エベルやパテック フィリップのようなスポーツウォッチを作って欲しい〟という要望を出したのは、シンガポールの有力リテーラーだった」。おそらくはシンシアだろう。

なおヴァシュロン・コンスタンタンは、222発表に先立つ2年前に、SS製の「クロノメーターロワイヤル」をリリースしている。このスクエアケースのモデルは、明らかにヴァシュロン・コンスタンタン製スポーツウォッチの先駆者であった。しかしデザインは凡庸この上なく、ムーブメントも、ジャガー・ルクルトの〝失敗作〟キャリバー906をベースとする、キャリバー1096だった。

ヴァシュロン・コンスタンタンが新進気鋭のデザイナーに期待したのは、新しいデザインと高性能だった。イゼックはワンピースケースにねじ込み式のベゼルを与えることで、約6㎜の薄いケースに、120mという高い防水性能を加えたのである。しかも搭載するムーブメントは、名機1121だった。

もっとも222のセールスは、ライバル同様、あまり芳しくなかったようだ。ヴァシュロン・コンスタンタンのオンライン掲示板「アワーラウンジ」でモデレーターを務めるアレックス・ゴドビは、37㎜(SS)の生産数は、わずか500本と推定している。